一月の徳目は、「和顔愛語(わげんあいご)」です。中村元編『広説仏教大辞典』によると、「和顔愛語」とは、やわらかな顔色とやさしいことば。やわらいだ笑顔をし、親愛の情のこもったおだやかなことばをかわすこと。なごやかな顔、愛情ある言葉で人に接すること。の意味になります。
さて、子ども達に「和顔愛語」のお話しをするときに適当な教材として、大法輪閣刊仏教童話全集の中に、「アジャセ王」という絵本があります。
お釈迦様がいつも説法をされた霊鷹山のふもとにある王舎城は、お釈迦様を尊敬しているビンビサーラ王の治世のもとにとても栄えていました。その皇后イダイケ夫人もお釈迦様への信仰深い女性でした。ふたりの間にはただひとりの愛児・皇太子のアジャセが成人していました。王家は安泰幸福の中に繁栄を続けるかのように見えていました。ところが、太子に悪友が現われました。それが人もあろうにお釈迦様のいとこであるダイバダッタでした。お釈迦様の名声が高まるにつれて、ダイバダッタのうらやむ心も燃えさかっていき、お釈迦様の悪口を言い、お釈迦様を殺そうとする悪い人になっていました。
ダイバダッタはアジャセ太子を誘って「早くビンビサーラ王を殺して王位につきなさい。」と勧めました。ダイバダッタにそそのかされたアジャセ太子は父を厳重な牢獄に閉じこめ、自分が王になり、父が水も食べ物も与えないで餓死するのを待ちました。ところがビンビサーラ王を敬愛するイダイケ夫人は、からだにバターとデンプンをねって塗り、冠の飾りにぶどう酒を入れてビンビサーラ王のもとを訪れて餓死から救っていました。ビンビサーラ王はまた、近くの霊鷹山で説法されているお釈迦様に向かって心の苦しみを訴えました。お釈迦様はビンビサーラ王の親友である弟子のモクレンをつかわして説法して心をなぐさめました。王となったアジャセは、門番に父は死んだかと尋ねました。おそるおそる門番が、「前王は皇后のおくるまごころの食と、空をとんでくるモクレンやフルナ尊者の説法で精神の糧を得て、顔色もよろしくしておられます。門番の私ではどうすることもできません。」と答えました。カッとなったアジャセ王は、お釈迦様も母も、国の罪人を助ける悪党だとののしって、母を殺そうとしました。その時ギバと月光という二人の大臣が引き留めたので、やむなく母をも別の牢に閉じこめてしまいました。まもなく父ビンビサーラ王は牢獄の中で亡くなられてしまいました。
でもこんなひどいことをしたアジャセ王が幸せであろうはずはありません。程なくからだいっぱいに見るも恐ろしいできものができかゆくてかゆくて夜も寝られず、膿をもって激しく痛みました。「ああいたいいたい。お父様お許し下さい。お父様を殺した罪の報いです。お許し下さい。」涙を流して昼も夜もアジャセ王は謝りました。でも家来達さえ膿がくさくてアジャセ王に近寄らなくなりました。みんなからそっぽを向かれたアジャセ王をたった一人哀れんでいる人がいました。それは牢獄に閉じこめられているおかあさんのイダイケ夫人でありました。牢獄から出てアジャセ王を訪ね優しい眼差しとおだやかな言葉をもって「あなたがお父様を殺した罪はとても深いものです。でもお釈迦様のもとへ行って心から懺悔すればきっと助けていただけます。一緒にまいりましょう。」お釈迦様は、「アジャセ王よあなたは心から罪を懺悔したので、救われることができました。お母様やギバ大臣の言葉を聞き入れてここへ来たので、助かることができました。でなければ七日後には死んでいたであろう。」とおっしゃられその言葉でアジャセ王の病気は除かれ心が明るく輝いてくるのでありました。というお話です。
ここで大切なことは、誰もがそっぽを向いてしまったアジャセ王をただ一人おかあさんは、優しい眼差しとおだやかな言葉をもって救ったことであります。人間のあたたかさ、やさしさ、いたわりが、人を動かしていきます。子ども達にも優しい眼差しとおだやかな言葉を使っていけるように普段から心がけていきたいと思います。
